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伍流の思考

- ごりゅうのしこう -

シン・ゴジラの考察

REVIEW

昨日マニラにあるSM CINEMAで映画「シン・ゴジラ」を見てきた。フィリピンだから200ペソくらいだろうと思っていたらそのモールは金持ちむけらしく映画館の座席はすべてフカフカの自動リクライニングシートで全部で50席ほどしかない。410ペソしました。流石に格差の国だと思った。

さて今回はそのシン・ゴジラを考えてみたい。もちろんネタバレを含んでしまうのでそれが嫌な人は読まないで下さいな。また感想は他でもよく書かれているモノは少なめに独自??の考察を中心に書いていきます。千差万別で個人的なものなのでコメントを下さる時はそのつもりでお手柔らかにお願いします。


A:どこまでリアリティーを追求するのか。

映画においてリアリティーをあえて削る事はある。例えばこの映画では前半の官僚や政治家の機器対応や組織の弊害などが丹念に取材され作りこまれていた。これは前評判の通りだった。逆に後半などは少しご都合主義とも指摘されるほど作戦のコンボが炸裂した。これはエンターテイメント性を重視したように感じた。


B:ヤシオリ作戦は戦略としてどうか?

例えば映画の中でゴジラの体内に『特殊な液体を注入し凍結させる』という作戦がある。『どうやって注入するのか?』は大きな課題だと感じた。実際にはゴジラを転倒させ口から注入するワケなのだが・・・。

 b-1:転倒させること自体が難しい(以前に足を集中砲火してびくともしなかった)

 b-2:電車の爆弾計画:電車にありったけの爆薬を詰めてぶつけるなど線路沿いにいる必要がある。

 b-3:ビルの発破計画:あの時点で近寄ることで反撃されるリスクは高かったのでは??(偵察用ドローンが撃墜されている)・・・発破の準備はどうしたのだろう??

 b-4:体位をいれかえるリスク:仮にゴジラが転倒したとして、口にストローを突っ込んで、スグに体位を入れ替えられるリスクは高かったのでは??と思う。

 b-5:液体を飲み込まないとか吐き出されるリスク:ホースで口の中に液体を放水されたとして、体内に入れずに口の周りに流れてしまう可能性も高かったのでは??と思う。また吐き出される可能性もあったかな・・。

 
 b-6:ゴジラが強力な攻撃を続けることでエネルギー切れをおこし活動を再開するのは360時間と推定されていたが・・フル充電で活動を再開するとは限らない。むしろそちらを前提に作戦を練るべきでは??現に休止中に攻撃をしたらゴジラは反撃している。場所を少し移動する可能性はあった。

・・・・そうやって考えると難易度はけっこう高かったように思う。前半が想定外のゴジラを演出していた割に後半は想定内のゴジラでもそこまで都合よくいくか??という疑問は感じてしまう。



C:他に案はなかったのか??

作戦を立案する時点いくつかの事が推測されていた。『1:ゴジラは強力な攻撃をする事でエネルギーを消費し『ガス欠』をおこすらしい』『2:近くを飛行するものを迎撃する』『3:米軍の爆弾で出血が見られた』そこで無人爆撃機をドンドンと飛ばして消耗させるような戦略をとったワケだけど・・・・。

 c-1:その後に、より大きな『中距離ミサイル』を断続的に打ち込むって戦略はありではなかったのか?って思う。米軍のモノより大きく、なおかつ無人爆撃機などと併用すれば絶えずエネルギーを使わせつつ何発かは命中させられるのでは??

  c-2:またミサイルを爆発するようなタイプでなく先端を硬質で尖らせた貫通タイプにして装甲が剥がれた部分を集中的に攻撃して前述の液体を注射するような試みもありだったかもしれない。この手の作戦はいくつか併用しうるものかなって思う。

 c-3:とりあえずゴジラの装甲の推定強度などの分析はあっても良かったのかも??でないと原子爆弾といえど直撃前に迎撃されるか、離れた場所での爆発なら致命傷を与えられない可能性もあったように思う。

 d-4:装甲が固いってことを前提に、爆発を目的にせず粘着液の入ったミサイルを打ち込み動きを鈍らせるとか、(液体注入ではなく)液体窒素を浴びせ続けるといった方法も試してみても良かったかも?? 少なくとも被害を食い止めるという意味において『足止め』がまず大事かな・・・って思いました。

(もちろん僕の素人的な考えもあると思います。やさしくご指摘ください)


その上で僕が考えるのは・・・いろんな意味を持たせるには(福島原発の冷却との対比など) あえて他の作戦をなくしたのだろうと思った。それはそれで映画として良かったと思うし、こんな風に『自分ならどうする?』といった考察をそれぞれが出来る部分がこの映画の面白い所だと思う。


D:石原さとみの役柄について

彼女の英語力を酷評する人達もいる。もしくは配役自体に無理があるのでは??という意見もある。僕はそれはそれで意見としてもっともだと思うが、僕の推測では

 d-1:『スポンサーがらみの配役だったのでは??』って思う。彼女は英会話学校のCMキャラクターを務めている。また英語力については大多数の日本人には『その発音がネイティブとして自然なのかまでは分からない』・・・個人的には与えられた役柄に女優魂で精一杯こたえたと思う。

 映画というのは多くのスポンサーがあってなりたつ。テレビドラマにしてもコカ・コーラがスポンサーをしていて『清涼飲料水を体に悪い砂糖水』なんて表現は仮に原作にあったとしてもカットされる。


E:2回目の上陸は想定して動くべきだったかと

これも映画の中でそうなっていない以上は『そういう世界だった』としか言いようがない、映画を批評するのではなく『こういうことが出来たのではないか?』と考えるのは1つの楽しみだと思うので続ける。

ゴジラが1度上陸して海に戻っていった。その時点でもけっこうな被害が出ていた。その時点から次の上陸を想定して対策がもっと議論されていてしかるべきなんじゃないか??って思った。

 e-1:例えばゴジラが出現したら人工衛星から場所を捕捉しスマフォなどでゴジラの現在地が常に表示されるとかして国民はみんなしてそれを見ながら非難する。ってスタイルはありだったかも??というのは上陸から数時間たっても逃げ遅れる人が多すぎるような気がしてて、ゴジラという1点の対象物に対して放射状に離れるように逃げるので地震や台風などに比べ逃げやすいような気もする。

 e-2:あれだけの巨大生物。海中で捕捉できない方が不思議では??釣り船の使う魚群探知機にも大きな影として写るはずで、自衛隊の潜水艦やらを駆使して日本周囲を捜索し、上陸より出来るだけ早く存在を確認できるようにするのは大事だったろうと思う。

 e-3:また上陸して海に帰る前に『GPS付きの発信機を付ける試み』があっても良かったかも??


それら、いろんな事を庵野監督をはじめ色々と考えたと思う。ただ映画として2時間くらいの尺で収める上で『言いたいことを言う為には』・・・あえてバッサリと削る必要はあったのだろうと思います。


みなさんはどう考えたでしょうか?